岐阜県土岐市にある核融合科学研究所のオープンキャンパスに行ってきました。
日本には核融合に関して 2 つの大きな研究施設があります。1 つは茨城県那珂市にある那珂核融合研究所で、そこには JT-60 というトカマク型の核融合炉の実験施設がありました。(那珂核融合研究所では、現在 JT-60 は解体され、超伝導磁石を使うなど、アップグレードバージョンである JT-60SA が建設中です)
もう 1 つがこちらの核融合科学研究所で、こちらにはヘリカル型の核融合炉の実験施設があります。設置されている実験施設には LHD (Large Helical Device) と呼ばれる核融合炉の実験施設があります。
駐車場は施設の中にありますが、施設の正面写真を撮りたくて、一旦玄関に戻って撮ってみました。
JT-60 も LHD も、核融合炉の前提条件となる 1 億度を超える超高温のプラズマを、ある程度の時間維持するための実験を行っています。
トカマク型実験炉と比べ、ヘリカル型の実験炉では、プラズマを長時間維持できるということが長所です。実際にこの LHD では、1 時間以上といった長時間にわたり高温のプラズマを維持することができていますが、核融合を実現できる超高温までにはプラズマの温度を上げきれていないのが現状です。
施設見学では、まず、LHD にプラズマを付けるための実験を行う時に使うコントロールルームを見に行ってみました。
なにやらロケットの発射管制室と似てますね。実際、似ているということで TBS の「下町ロケット」という番組のロケで、このコントロールルームが、ロケット発射の管制室としてロケに使われたそうです。
正面の一番大きな画面に写っているのは LHD の内部で、実際にプラズマを付ける実験を行った時の様子を録画してあったものを繰り返し流していました。
続いて、LHD 本体の見学です。LHD の建物へ移動する途中、庭でプラズマくんと一緒に踊ったりして遊ぶイベントをやっていました。
なんじゃ、こりゃ、という感じですが、このオープンキャンパスイベントは、私のようなおっさんに核融合の最新の研究、実験状況を伝えるイベントであると同時に、土岐市など、地元の方に、施設に親しんでもらうためのイベントでもあるわけです。このような子供向けのイベントは、主に後者の目的で行われていて、このようなイベントを目当てに、周辺に住んでいるお母さんが子供を連れてやってきたりしていました。
そして、こちらが LHD です。
なんかすごそうな装置が並んでいますが、「え、どれが LHD?」 という感じでもあります。LHD というのは、この建物の中にあるさまざまな装置が複合した全体を言うのですが、普通は LHD という名称は、その心臓部となるドーナツ型の真空容器と、そのすぐ周辺に着く電磁石の部分を指して使われることが多いです。上の写真では、その真空容器は、周辺装置の中に埋もれていて、まったく見えていません。
そしてオープンキャンパスの目玉としては、この LHD 装置の周辺を専門家に引率してもらって、説明を聞きながら一周するツアーがあります。今年初めて、真空容器の中を直接見れるように、真空ポンプの一つに透明な窓 (たぶんアクリルの窓) をつけて、中をのぞけるようにしてある場所が設けられました。
で、この写真がそののぞき窓です。
のぞき窓になっている部分から真空容器の中まで見えているのは、おそらく、真空ポンプ自体を整備などのために分解してしまっているためなのだと思います。
奥の方がどうなっているか、この写真だとわかりづらいですが、ズームしていくと、核融合科学研究所の web site などでもおなじみの、ヘリカルデバイス特有のねじり構造の内壁が見えているのがわかります。
こんなものが自分の目で直接見れる一般公開ってなかなか凄いですよね。とりあえずイベントの目玉である真空容器内部の見学ができました。
ツアーでは真空容器を含む LHD の周囲をぐるりと回って歩きます。真空容器の周囲には、プラズマの温度を上げるための各種の加熱装置が連なっています。
この写真はイオンサイクロトロン共鳴過熱装置という装置です。電磁波を真空容器内に入れて、それが真空容器内にあるプラズマの運動と共鳴するように周波数を適切に設定すれば、プラズマの運動が加速されて、過熱できるという装置です。写真左手にある配管のように見えるものは導波管で、これを通って電磁波が送り込まれます。途中で分岐して下の方向に伸びている部分がありますが、これはチューニング装置です。管内の下の方には液体が入っていて、液面の高さを変えることでチューニングを行うそうです。液体が何なのかは我々のツアーについてくれた方がこの装置の直接の担当者ではないためにご存知ではありませんでしたが、たぶん水だと言ってました。チューニングは容器内のプラズマの状況を検出して、それに適した周波数になるように行われます。検出からチューニング完了までは数秒単位の時間がかかるそうですが、そんなゆっくりした対応で全然問題ないそうです。まぁ、そんなゆっくりでよいので、液体をチューニング用のパイプにポンプで送り込んだり抜いたりするというような時間のかかりそうな方法で問題ないのでしょう。
続いてこちらは、電子サイクロトロン共鳴加熱装置です。
先ほどの装置とほぼ同じもので、電磁波をチューニングして真空容器内へ入れてプラズマを加熱する装置です。先ほどの装置との違いは、電子を加熱することを目的としていることです。電子を加熱するために必要な電磁波は周波数がかなり高く、それに伴い装置の形状や導波管の大きさなど、随所に違いが出てきています。導波管がカクカクと曲がっていたので損失が気になって、なぜそんな風にしてあるのか聞いてみると、中性子が発生すると、まっすぐな導波管だと外に出やすくなってしまうので、多少の損失は覚悟でカクカクと何箇所かで曲げているのだそうです。あと、写真に 「電子サイクロトロン共鳴加熱装置」 と見出しを付けましたが、この写真に写っているいちばんメカメカしい部分は、導波管の真空状態を保つための真空ポンプです。プラズマ実験をする時は、真空容器自体を巨大な真空ポンプで引き続けて真空を保ちますが、このようにあちこちに小さな真空ポンプがあって、真空容器に接続された配管類なども常に真空引きが行われています。うすいガスのようなものであるプラズマが流れて出て行ってしまいそうな気がしますが、磁力によって閉じ込められているので、真空引きをしても、プラズマになっている水素 (や、今後は重水素) が流れ出て行ってしまうということはありません。
この LHD は、これまで水素を使った実験しかしていなかったのですが、重水素を使った実験について来 2017 年から 9 年間行えるように地元自治体との合意がついに得られました。ここで成果を出せなければ、ヘリカルデバイスの将来が閉ざされてしまうかも知れない、ものすごく重要な 9 年間となります。
これまでの水素を使った実験とは違い、かなりの量の中性子が発生することとなります。真空容器の収められている建物は 2m 以上の厚さのコンクリートで覆われており、中性子はほぼ吸収されてしまい、問題あるような量の中性子が環境へ放出されることがないようになっているのは、元々そのようになっているのですが、建物内の装置は、これまであまり中性子が発生しない水素を使った実験を前提に作られているため、装置自体に対する中性子対策があまりされていなかったそうです。
そこで、現在、中性子対策で装置の周りに、ポリエチレンのカバーを設置するという、ちょっと泥縄的な感じに見える対策を行っていました。下の写真がそのカバーです。こんなんでいいのか…
ところで LHD の周囲には 2 種類の電磁波を使った加熱装置、電源装置、中性粒子ビーム入射過熱装置 (これは燃料の投入装置でもあるのだと思います)、真空ポンプなどが設置されているため、パッと見ると、どこは LHD の本体である真空容器なのか全然わかりません。研究所の方に聞いてみると、あそこは真空容器が直接見えてます、と教えてくれました。
と、写真を見せても 「どこ?」 という感じだと思いますが、写真の中央付近に見えている、赤っぽい横向きの線が 6 本ほど付いている装置がありますが、これが真空容器の外周部分です。本当にチラりとしか見えてないのでした。今の装置には発電する機能は全くありませんが、これで発電するようになると、この隙間のないところに、さらに核融合で発生したエネルギーを熱エネルギーとして取り出し、発電するための装置も付くことになります。今の状況を見ていると、とても無理そうですが、技術の進展で現在ある装置のそれぞれが小型化するであろうことと、実際に発電に使われる装置では、真空容器自体がもっと大きくなる予定であることなどから、まぁ置けなくもないようになるのでしょう。
LHD の写真というと、少し上の方から見下ろしたような写真を見ることが多いのですが、あれはどこから撮ったのですか? と研究所の方に聞いてみると、上の方にある窓を教えてくれました。
あそこまで見学者に登ってもらって、上から LHD を見下ろしてもらうという企画もあったようなのですが、通路が狭いため、大勢を入れると混乱してしまうということで、少なくとも今年の公開では行われませんでした。
この LHD の設置されている部屋に見学者が入ってくる時に、巨大な開口部を通って入ってきます。
この開口部をふさぐために、もちろんそれをカバーできるだけの扉があります。上の写真の向かって右手に見えているのがそれですが、この扉自体が、厚さ 2m 以上のコンクリートの遮蔽の一部なので、ものすごく厚くて重い扉です。これは、なんとギネスブックに登録された 「世界一重いドア」 なのです。ギネスレコードの認定証 (の写真) も展示されていました。
次に向かったのはスパコンルームです。核融合科学研究所のスパコンは、富士通製の FUJITSU PRIMEHPC FX100 という機種です。同様に名称がついたスパコンとしては、海洋研究開発機構 (JAMSTEC) の NEC 製 “地球シミュレータ” の方が圧倒的に有名ですが、このスパコンにも、”プラズマシミュレータ” という名前が付いています。
有名度合いでは “地球シミュレータ” に大きく負けていますが、性能で言うと、TOP500 というランキングでは、2016/06 のランキングで、国内 3 位です。HPCG という別の性能指標ランキングでは、同じく 2015/06 のランキングで、世界 12 位、国内では 「京」 に次いで 2 位というなかなか高い性能を誇ります。HPCG では “地球シミュレータ” は、世界 16 位、国内 4 位なので、なかなかの性能であることがわかります。
現在の機種になったのは昨 2015 年で、それまでは日立製の SR16000/M1 という機種だったそうです。されにそれ以前にもスパコンは用いられていて、現在の機種で 6 代目だそうです。過去のスパコンも、”プラズマシミュレータ” と名乗っていました。
現在の機種 FUJITSU PRIMEHPC FX100 は CPU はオープンソース化している SPARC アーキテクチャを使っていて、OS は Linux ベースの独自 OS ということです。このコンピューターは計算を行うバックエンドとしての機能だけを持っていて、実際に研究者の方がプログラムを流し込んだり、実行に必要な CPU リソースの割り当てや、実行スケジュールを行うコンピュータが別にあり、そちらは Red Hat Linux が使われているそうです。
計算を行うプログラムは、研究者が直接書く場合と、プログラマーにどのような計算をして欲しいか伝えて書いてもらう場合と、両方があるようです。主に使われている言語は Fortran だということでした。(質問に答えてくれた方は、コンピュータにあまり詳しくない核物理学の専門家の方だったようなので、その方が使っている言語が主に Fortran というだけで、研究所全体としては違うのかも知れません)
CPU は水冷で、ラックを見ると、冷却水を流す黒い配管があります。
富士通の方も説明員としてその場所におられたので、冷却水は、何か特殊な液体を使っているのか聞いてみましたが、水だそうです。水漏れ事故はそれなりに発生するらしく、もれるとそのユニット丸ごと交換して修理対応するようです。年間リース料には、そのような故障に対する交換費用も含まれているそうです。また、当然のことながら、故障したユニットだけを制御用のコンピュータの方からジョブの割り当て除外して、他のユニットでは計算を実行させたまま、該当ユニットだけを交換することができるのだそうです。
SPARC アーキテクチャの CPU、水冷、Linux ベースの OS と聞くと、順位でも話題に出たスパコン 「京」 を思い出します。そこで、「このスパコンは京のサブセットのようなものなのですか?」 と富士通の方に聞いてみましたが、スパコンは 1 台 1 台オーダーメイドのようなものなので、京と似ているけど、サブセットというような関係にはなっていないのだそうです。
見学者の立場で見た時に、京との一番の違いは、すごく間近で見ることができるということです。CPU ユニットの前に立って記念撮影なんてこともできてしまうわけです。
一度見に行きたいと思っていた LHD を実際に見れて、しかも真空容器内まで直接見れて、なかなか満足の行く一般公開見学でした。